秘密のノート

悪いことが正当化される『同調』の中で生きていくために

私達はどう生きる?

いつだったか、
タピオカのゴミが問題になりましたね。
今日はそれに関連するお話になります。

いつだったか忘れましたが、
とある地域の過去と現在を対比した
写真を見せていただきました。

その写真は、
社会心理を綺麗に写したものです。

僅かなゴミのポイ捨てが、
道を埋め尽くすゴミの山へ、
変わってしまった写真でした。

置き去りにされた2つのカート

置き去りのカート

この記事を書くに至った写真です。

置くべきではない場所に、
2つのカートが置いてあります。

最初においた人は、
戻すのが面倒だったのでしょう。

一方で次に置いた人は、
どのような心理だったでしょうか。

自分以外の人間が悪いことをしている、
それは、悪いことをする理由になりますか?

私はならないと強く思いますし、
皆さんもそう思っているはずです。

ポイ捨ては生まれ続ける

ドリンクカップのポイ捨て

そう、きっとみんなわかっているはず。
それが、悪いことだって。

それでも、
ポイ捨てがあればポイ捨ては増える。

『社会心理』には中々勝てないんですよね。

彼ら(顔の知らない悪い人)に、
合わせて生きたほうが楽ですよね。

どこでもゴミを捨てられるし、
カートも戻さなくていいし、
まさに『自由』が手に入りますね。

そんな自由は欲しいですか?
僕は欲しいと思えません。

誰かの自由を奪った自由

みんながカートを正しく戻さないと、
必要な人がカートを使えません。

それだけでなく、
通路も狭くなってしまいますし、
何らかの事故に繋がる可能性もあります。

これって、
誰かの自由を奪ってませんか?

そんな社会が生まれたら、
気持ちが悪いですよね。

それでも同調は生まれる

『みんな』ダメだってわかってるくせに!
同調?集団極性化?そういうのって
なぜ生まれ続けるんでしょうね?

特に最近は、
SNS上の誹謗中傷が相次いでますよね。
あれって誰が得してるのでしょう🤔

”最近は”と書きましたが、
ネットでは昔から溢れてましたよね。
最初は誰が書き始めたのでしょう?

じゃあ自分はどう生きるか

調べなくとも分かる話ですが、
このような社会心理は、
きっと大昔からあるはずですよね。

だから過剰に気にするのはやめて、
その中で『自分はどう生きるか』
考えていこうと思いました。

カートが置いてあれば、
できる限りカートを戻す。

「その程度て…」なんて言われても
自己満足でやり続けます。

自己満足でやり続けていくし、
絶対的に悪いものは悪いものだと
『認識』して生きていきたいです。